チーズスコーン

今日食べたチーズスコーンは、どこかしら懐かしい味がしました。 食べながら記憶を辿ってみると、どうやら私が昔よく食べたミスドのマフィンに似ているような。 思えば小さい頃から様々な機会で足を運んだミスド。 思春期の頃、大学生の頃、そして成人してからも。 抱えていた私の想いは毎回違えど、マフィンの味はコーヒーと共に、変わらずそこに在りました。 そんな記憶に少し浸りながら、 日本のモノの、実に数倍はする大きさのスコーンを食べました。 たいへん美味しゅうございました。

彦摩呂

小皿に盛られた、一口大の扇型に切った大量のキュウリ。 キュウリの申し子の娘がそれを所望したので、その小皿から一気に娘の皿に移したところ、その様子を見ていた娘が 「おお~キュウリの洪水だ~!」 と、何故か彦摩呂風で興奮していました。 —- その後も 「うう~ん♡美味しさを沸々と感じるぅ~♡」 等と続いていくので、 娘の今後を懸念した私が何故そんな口調なのかと尋ねたところ 「ママが朝『フツフツ』という言葉を使ったので真似したかった」 そんなことを言っていたんですね。 サッパリ覚えがありません。 子供はよく見ていますね。

10th wedding anniversary

It’s been ten years since I’ve got married. Time flies. 早いもので10周年となりました。一緒に暮らし始めて満10年となります。 10年ひと昔、とはよく言いますが、私にはどうにも「ひと昔」という感覚があまり無かったりします。どちらかと言うと、つい先日まで友達だったねという感じです。 とは言え、思い返すとこの10年で様々な出来事がありました。その多さで、改めて流れた月日の長さを実感させられます。 その中でも群を抜いて大きな出来事と言えば、娘を持ったこと。ある意味、この出来事で私は漸く大人になったと言えるでしょう。これは夫婦二人の生活を満喫されている方々やシングルを謳歌されている方々を否定するものでは全くなく、私は子供を持つことで、漸く一人前に社会の一員として、多くの責任に真剣に向き合うことが出来たのでしょう。見たくなければ見ないでいられるこの世の中ですから。 子育ては親育てと言われますが、正しくその通りだと思います。少なくとも私はまだまだ大人としては不十分だと感じることが多く、娘を通して学ぶことは多くあったし、これからも多いのだろうなと感じています。 この10年で、2人から3人となった我が家。娘を持つ前は子供がいる生活なんて考えもつかないと心底思っていましたが、今となっては子供のいない生活が考えられません。そもそも私自身、結婚する気がしなかったので、そこから比べたら全く違う次元に住んでいると言っても、全く過言ではないですよね。本当に人生万事塞翁が馬です。 次なる10年の間に何が起こるのでしょうか。きっと色んなことが起きるのだろうなと予想しますが、全ての事を私の糧として吸収したいなと思ったりしています。年齢を重ねることは新しい事を勉強することと同じこと。様々な出来事に好奇心を持って臨めたらと思います。 そして写真は記念日のちょっと豪華な夕飯です。 美味しゅうございました。特にサーモン。

初めての歯の生え変り

My daughter’s upper front baby teeth has got wobbled and is about to come out for the first time. 娘の前の乳歯は目下グラグラしていて抜けそうな気配です。 初めての抜け替わりで、これは同じ月齢の子と比較すると相当に遅いと思います。 思えば娘は、赤ちゃんの頃は何ににつけ発達がゆっくりな子でした。 首のすわりも、寝返りも、ハイハイも、つかまり立ちも、歩きだしも、発語も、そして乳歯の生えも、オムツが取れた時期も、他の子と比較してゆっくりでした。 一歳半検診で発語の遅れを指摘され、再検査にもなったこともある娘。私自身は「娘の発育は全般的にゆっくりだ」というその事実だけを感じていたものの、それについてあまり心配をすることはありませんでした。何故なら娘はお腹の中にいた頃から発育がゆっくりであり、出産時お腹から外に出てくる時も、相当に慎重派さんだったからです。 娘の乳歯の生えは1歳を過ぎた数か月後。下の歯が僅かに顔を出し始めたのを見た私は「きっと永久歯もこんな感じでゆっくりなんだろうな…」と思った覚えがあります。 そして最近、7歳半を過ぎた娘はようやく、長年使っていたその乳歯とおさらばとなるようです。上の前歯向かって右がグラグラとし始めて来ています。娘はそのグラグラ感が気になるようで、何かにつけて押したり触ったりしていますが、私としては抜けるまでそっとしておいて欲しいなと思うところです(力いっぱい押して抜くと痛いし)。 少しづつ何らか成長し、着実に何かを出来るようになっていく娘を日々感じていると、嬉しさ反面、ゆっくりながらも確実に自立への準備をしていることに切なさをも感じ、言いようもない思いに駆られます。ただ泣くだけの赤ちゃんだった頃の娘はもう居ないのだなと。 考えてみれば当たり前のことですが、娘が生まれてからの時間の過ぎ去る早さに私がついて行っていない感があります。親離れより子離れの方が難しいとちらほらと耳にしますが、こういう折につけ、その意味を深く感じさせられます。 これから生えてくる永久歯。 その永久歯をいつまでも大切に使って欲しいなと思う親心でした。

娘の漢字

  さーて来週のサザエさんは 「おそろしい 父じが おきる」 「生さまが めいれいを 出す」 「ヘるめっト」 の3本でーす!

喉がやんわり

バスに乗っている時のお話です。 寝ているパパを見て娘が 「あはっ、パパの喉がやんわりしている」 喉がやんわり、という表現はこの人生の中で一度も聞いたことがありません。一体どういう事なのかと訊いてみると 「喉がモコモコしてるってこと」 と、理解のない私に少しイラつき気味。 理解がない母親で申し訳ないのですが(笑) そのモコモコっていう状態も、さっぱり分かりませんでした。 「そのモコモコって、どれを指してるの」 と訊くと、娘がパパの喉の一点を指さして「あそこ」と。 その指の先には、喉の突起がありました。 男性には必ずあるあれです(喉仏っていうのかな)。 「あれは綿がたくさん詰まっているの」と娘。 なるほど、綿がたくさん詰まっているからモコモコなんですね。 あるタイミングで喉仏が下に移動したのを見て娘大興奮。 「モコモコ玉が下がった!!」と身体を揺すって喜んでいました。 そんな娘の喜びを全く知らず、静かに寝続けるパパ。 これこそ静と動。親子の夢の共演を見た気がしました。 夢見ているのはパパだけですが。

冷静な判断

帰宅した娘に、オレンジジュースを用意しました。 パパの分も一緒に。 フルーツのオレンジを絞って作った結構な贅沢品です。 所用を済ませ席に着き、飲み始める2人。 しかし口から生まれたような娘は、オレンジジュースも飲みたいけれど、同時にパパとお話もしたいようで、なかなかコップの中のジュースが減りません。 娘のジュースが減らない中、 先にパパが飲み終わりそうだったので、 娘も早く飲み切ってくれたらな…という願いを込め 「早く飲み切らないとお代わり少なくなっちゃうかもね」 と言って見ました。 すると娘は、 オレンジジュースが入っている容器をちらりと見、 残っているオレンジジュースの上限が、容器の4・8・12と目盛があるうちの8であることを確認した後 「今8だから、パパが4まで飲めば良いんだよね」 と冷静に呟いては、 やはりちびりちびりと飲んでいました。 もう娘には 「どちらが早いか競争だよ!ウフッ」 という小細工はもう通用しないんだということを再確認したひとときでした。 これからは要するに早く飲みなさいと直截的に言おうと思います。

レゴタイムでの感謝

娘がパパと一緒にレゴで遊んでいる時のお話。 「部品はこの中にあるから探してね」 とパパが言った後、 数秒の沈黙を破って娘がポツリとこう言いました。 「…生きていて本当に良かったなあって思うの」 レゴで噛みしめる「生」への感謝。 しかしなぜに今。

おやすみなさい

電気消してベッドに入ると、 横になって待っている娘は、私にすり寄ってきては、 私の方に向く形で横向きになり、小さい腕を私に回してきて 私を抱きしめるように寝はじめました。 数分後、寝息を立てはじめる小さな身体。 おやすみなさい。 また明日、少し大きくなったあなたが楽しみです。