昔のブログ

先日、旦那の昔の趣味のブログが話題に上りました。 私も旦那も同じ趣味であり、この趣味を持つ人達は、大抵他の趣味も似通っていたりします。そんな訳で私も以前から旦那のブログによくコメント残していたし、同様に彼も私含め、色んなブログにコメントを残していました。 当時それはそれは熱心に更新していたものだったのですが、今の旦那にとっては、今となってはあまり読み返したくないものなんだそうです。 曰く「あの頃は何も考えていなかった」なんだそうで。へー。 旦那は当時と比べ、色々と変わりました。 特に娘を持ってからは、その傾向は顕著となりました。 それを本人も自覚しているようで、昔の失態を心底悔いているようです。 私としてはあれはあれで素敵な「独身はっちゃけ20代の記録」だと思うんですけれどね。基本20代は誰しも、結構傍若無人に様々な失態をしがちですしね。よくもこんな事出来たよな…と、思い出しては顔を赤らめてしまうような。 昔を思い出しては苦虫を噛んでいるような表情のパパが気になるようで、娘はそのブログを見たいと言ってきたりもしています。 しかし当の本人はその希望をシャットアウト。 子供には有害だと、本人がハッキリと言っています。 あんなに書いておいて(笑) 過去を回想しては「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」となっている旦那。 大変そうなので、更に話に登らせて話題を展開していこうと思いました。ほら慣れって大切ですしね。

娘の四字熟語

最近娘は四字熟語に興味が出てきたようです。 「クイズ出して」と頼まれ、四字熟語や慣用句について出題したら、何とも独創的な答えが返ってきました。 「朝三暮四」…チョーさん星 「魂の雄叫び」…命は竹で出来ていること 「弱肉強食」…弱い肉を強く噛んで食べる。弱い肉は未調理肉(生肉)のこと パパもまた独創的な答えでこれに応戦していました。 「一日千秋」…一日と言うのは秋を千回迎えるのと同じくらい大切なんだ。一日一日を大切に。 パパの答えがもっともらしいので、娘も「ほぉ。。。」と聞き入っていましたが、全くの嘘です。ご注意を。 ※「李下に冠を正さず」は両者撃沈でした。

Dividend information 後日談

昨晩Dividend informationの件で調べている間、何度も遊ぼうと催促する娘を放っておいたら、しまいにはおかんむりになりあそばれ、解決後、たんまりと一緒に遊ぶ運びとなりました。 私が風船を投げ娘がサランラップの芯で打つという説明を受けましたが、開始は嫌々でも(失礼!)次第に楽しくなり、私も色々な変化球を投げては娘を惑わしていきました。 その時に見つけたこの絵。 まるで小学校2・3年の男の子が書いたような感じですよね。 男の子は居なかったはずですが。

娘の絵

多分娘の誕生日の時に作ったやつだと思う。 ひな壇に萌え。

赤毛のアン

My daughter began to read the book “Anne of Green Gables”. 娘の誕生日祝いで買った「赤毛のアン」の本ですが、最近娘が読み始めました。朝起きてからベッドから出るまでをアンの読書タイムとしているようです。 総ルビという訳ではなく、「樅」という漢字にもルビは振られていない、どちらかと言うと小学校高学年から中学生あたりで易しく読めるかなと思われる本なので、私的にはもう数年先で良いかなと思っていたのですが。 アンの性格を少し掴んだ娘は マリラをして言わしめた 「アンや、バーリーさんとこの屋根から落ちても、あんたの舌にはちょっとも被害がなかったことだけはたしかだね」 というくだりにクスッと笑い 「沢山喋りすぎたからだね」「ちょっと疲れちゃうね」と。 私にはどうしても、ミニアンが家にいるような気がしてならないんですが。 https://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E6%AF%9B%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%B3%E2%80%95%E8%B5%A4%E6%AF%9B%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%80%881%E3%80%89-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%A1%E3%83%AA/dp/410211341X

回想方法

今朝、昔の記憶をどのようにして思い出すかという話になりました。 そこで分かったのは私と旦那の回想方法がだいぶ違うということ。 私は昔を回想する場合、どの場面においても、その瞬間に私が実際に見た光景、そしてそれと共に色味やそこに付帯する感情、何をそこで思ったかが蘇ってきます。その場面を見ながら昔の記憶を話したりします。たまに映像が動画になったりします。 例えば私が小学校5年生の時、宿泊学習で日光に行ったのですが、その時に走り回りながら見た景色や、落ち葉はどんな感触だったかとか、太陽の色味や柔らかさはどうだったかとか、その時に友達はどんなふうに遊んでいたかというのは、動画として記憶に入っています。 しかし旦那はそうではなく、光景と言うより情報のみが引き出されてくるとのこと。その情報から、そうであろうという推測の元に、映像を新たに思い描くことはあるかもしれないが、基本的に映像はないとのこと。 記憶を辿るのに、映像は全くなく情報だけ頭から引き出されるというのは正直私にはあんまり理解できません。確かに「あれとこれを買わなくちゃ」という時は、その商品についてあまり映像は出てこないのですが、そういう事なのでしょうかね(でもあれとこれと…と思い出す時は、画像がぱっぱと入れ替わる感じで記憶します。ってこれって皆さんそうかもですよね)。 旦那曰く「まぁでも何度も何度も見たり、近い記憶、かなり印象深い記憶なら映像も出てくる」んだそうですが。 まあこんな風に長たらしく書いているのですが、実はこんなことはあんまり特筆すべきものでもなく、実際大部分の人は私と同じ回想方法なんじゃないかと思ったりしているのですがどうなんでしょうかね?同じですよね? 皆さんはどうやって昔の記憶を辿りますか?

至って普通だった満月

これが至って普通だったNZの満月です。 全く赤くありません。 ストロベリーに対抗してホワイトムーンとでも言いましょうか。 ホワイトと言うと、鈴井の巣の「雅楽戦隊ホワイトストーンズ」を彷彿とさせます。あの三人が月の中で活躍しているのかと思うと心が弾みますね! 娘は色味に関係なく大はしゃぎ。