江頭

昨晩寝る前、娘がいる部屋に行くと 娘が何故か暖かいレギンスだけ残して上半身素っ裸でした。 「なにその江頭2:50みたいな格好して」 と私が言うと 娘がクスクスと鈴を転がしたような笑い声をあげ 「うふふ~。なんか3時16分みたい~!」 3:16… なんて中途半端な時間なんでしょう。 芸名としてはだいぶモニョるなと実感した夜でありました。 Advertisements

私が小学生の頃

娘はもちろん日本人なので、日本語は年齢相応に話しますが、本を読むとなると、とたんに舌足らずな口調になったりします。 その舌足らずな口調は、私としては純粋に親心をくすぐるものであって、ずっとこのままでも良いかなぁとか勝手なことを思ったりしますが、やはりこれは日本語の発音に娘の舌や口の周りの筋肉が対応しきれていないがために起こる現象なんでしょうね。 そんなことを考えているうち、ふと私が10歳、小学5年生の頃を思い出しました。 当時の担任は新任の男性教員で、大学院を出て先生になった方です。 何故大学院まで出て教員になったのか、今にして思えば不思議ですが、当時の私には宇宙的規模でどうでもいいことでした。 しかしその先生、何しろ今にして思えば生徒の子供たちに対し、ものっそい上から目線だったんですね。子供に対し、大人の誠実な対応を徹底的に求める、ちょっと理想の高い先生でした。当時こんな言葉、そもそもそんな概念すら知らなかった私ですら、なんかちょっと怖い人だなぁと思う事もありました。 まぁでも子供の気持ちなんて持続性なんてあるわけなくて、先生にどんなに冷たく当たられても、子供の太陽のようなパワーで先生という存在を飲み込もうとするんですよね。 結局その先生には私が卒業するまで何かとお世話になったんですが、私が卒業する12歳の頃までには、だいぶ角が取れ、やたらめったらニコニコする先生に変わっていました。子供にまみれて次第に変わったんですね。 子供のパワーってスゴイですね。当時の私たちなんですが。 私はいつそのパワーを無くしてしまったんでしょう。大人になるって知識を得ること代わりに何かを失う事なんでしょうか。 …とまぁ暗い方向に話を持って行くことが主題ではなくて、その年の私の卒業式で、その年で定年退職される校長先生に卒業生が1人1人、校門の前で感謝の気持ちを述べることになっていたんですが、私は万感の思いを抱きながらも、校長先生の前では緊張のあまり「どうもご苦労様でした」と労いの言葉を掛け、スッとそのまま学校を去り有終の美を飾ったことをお伝えして〆ようと思います。 若干12歳の子に労われる60歳の校長先生。

リュック事件

昨日の水曜日の朝、ふとリュックサックをみたら、軽く鳥のフンらしき色のモノがポチポチっと付いていました。 驚いてどこで付いたんだろうと思い出してみたんですが、月曜日はこれは確実にありませんでした。となると、考えられるのは火曜日の午後に外出した時です。その時パパがリュックをしょっていました。 パパにこのことを話したらだいぶ落ち込んでいました。 パパ個人的な印象としては、今までもフンを高確率で落とされてきたと。そしてまたこれかと。 「どんどん運を知っていくんだよ。運を知りすぎている男なんだよ。」と励ましてみました。 運を知る男。ゴールドブレンド。

マクロビケーキ

友人がうちに私の誕生日ケーキを持って来て下さいました。 1つはガトーショコラ、もう1つがクスクスを使ったケーキです。 マクロビのケーキだそうで、卵、牛乳一切使用していないという事でした。私はマクロビには全く疎いので、どう凄いのか説明できないのが口惜しくてたまりません。飾り付けも素晴らしければ味も申し分ない、心から素晴らしいと思えるケーキでした。

御礼

今日は本当に良い一日だったと思います。 皆さんからは貴重な時間を割いて頂きコメントを残して下さり、本当にお礼を申し上げます。こうやって沢山の方に祝って頂けて、おかげさまで誕生日が楽しいものとなりました(笑) 誕生日などのお祝いごとの折につけ、命というものを考えることが増えてきました。誕生日はその人が生きてきた証、いわば年輪みたいなものだなと。 とはいえ、お恥ずかしいことに私自身、結婚後も子供を持つことにかなりの躊躇いがありました。理由としては色々ありましたが大きく分けると2つであり、それはこのご時世、自分の子供が今後この日本で幸せな人生を送れるのか分からなかったし、また何より自分が親としての責任を全う出来るか全く自信がなかったからです。 それから数年たったある日、旦那の叔母が亡くなりました。 叔母は旦那が小さい時からお世話になっている方で、当時忙しかった旦那のお母さんの代わりに当時幼かった旦那の面倒を見て下さった方です。とても気さくで太っ腹な方でした。 私たちは電話でその訃報を知りました。 数日後、私たちは葬式に参列したのですが、その時に旦那が初めて嗚咽を漏らし泣いたんです。 人の命というものの、絶大な力を感じました。こんなにも命は、他の人たちに感動や落胆、様々な衝撃を与えるんだと。 その後の説教で、お坊さんは「命」についてお話をされていました。 私たちは昔から先祖の命を頂いて今を生きており、そしてこの私たちの命は、先祖同様、今後の命に繋げていくものであると。 「脈々と受け継がれる命」その言葉を聞いて、私は心をガシッと掴まれグラグラと揺り動かされるような気持ちになりました。 叔母の命は無くなったけれど、叔母の命は形を変えて旦那やその他の方の中で生きていくだろう。 でもきっとその叔母も、誰かの命を心に抱いて生きていたんだろうと。 そしてその叔母の心の中に居た誰かも同様に。 命に対し、ここまでありがたいなと感じたのはその時が初めてでした。 そんな先祖から頂いた命を、ここで絶やすのはいけないと、初めて心で理解しました。 …と私の考えをつらつら書いてみましたが、人生色んなオプションがあって良いと思います。 無論、子の居ない人生を送るのも、それはそれで実りある人生になるでしょうし、要するに、自分がハッピーであることを選んでいけばいいと私は勝手に思っています。 そして私は、今6歳の娘がウロチョロ、私の周りで走り回っているこの現状を選びました。 子育ては色々大変なことがありますが、命というものを存分に輝かせている存在を目の当たりにし、私は本当に幸せだなと思っています。 そして私の命も同様、ここまで元気に過ごせたことに感謝です。 そんな娘は今日ご飯をたらふく食べ、具体的に言うと、白米1.5合は食べ、すっかり眠りについています。 また明日も楽しく過ごせますように。

ちょっとした日記

明日は自分の誕生日だったりします。 あまりもう嬉しくないなぁと思いながらも、同時に自分が健康でこの年まで過ごせた証しでもあるので、感謝しないとなと思う次第であります。 そういえば私が小学生の頃、「泣いても笑ってもあと○日」というフレーズが何故か友達の間で人気でした。 例えば「泣いても笑っても運動会まであと10日」「泣いても笑っても卒業式まであと5日」とか。そしてそう自分に言い聞かせてる自分がカッコイイ的な。 実際そんなに頻繁に泣いたり笑ったりしたら何らかの精神的疾患を疑わざるを得ないと思うんですが、子供はさすが感情が豊かなんですね。まぁ過去の私なんですが。 この言葉を借りるとしたら「泣いても笑っても誕生日まであと1日」という事になります。でも今、こう入力したところで何の感動もなかったりします。ああ、これぞ加齢の功罪ですな。文字通り泣いたり笑ったりしたら何か得るものがあるのでしょうか。気が向いたらやってみようと思います。

ママ痩せてます

産後、一時的に痩せましたが、鏡に映っている自分を見て「これは確かにスリムというより病人だ」と意識的に食べるようにしてからというもの、それはそれは順調に体重は増加していきました。 そして娘が6歳となった今、私は理想の体重をだいぶオーバーし、あの時意識的に食べたことを後悔している次第でございます。 「せめて独身の頃の体形に戻りたいなぁ」と漏らすと、 娘が矢継ぎ早に 「太ってない」 「ママスリム」 「ママは痩せなくていい」 などとと言いだし、しまいには 「子供がいるとお腹空いてなくても【あ、あのね!!】らなくちゃいけないから」 と私の言葉に大幅に被せてきました。 その後、娘が何か言いたげなので言うのを待ってると 「あの~あれ、あれ。あの~。えと~。ママ痩せてます。」 ママ痩せてる、という言葉だけなのにそれすらもたつきながら言う娘に萌えました。言い慣れてない感満載です。 でも私の英語だってこんな感じなんだろうなぁ。 おやすみなさい。

悲報

私の中のドーハの悲劇を乗り越え、再度餅を作ったら、今度は水っぽく仕上がってしまい、噛まなくても口の中で溶けるような感じになってしまいました。 メルティキスというチョコありましたよね。 あれの餅バージョンです。 言ってしまえば噛まなくても溶ける(゚∀゚)年配者フレンドリーな餅! 問題はこれを食べる年配者がいないこと!! 死して屍、拾うものなし。 死して屍、拾うものなし。    

スパイシー

先日、娘がキウィフルーツを食べながら 「ちょっとスパイシー」と。 「ちょっとまて、スパイシーとは何事か」とよくよく確認をしたところ 「スパイシー」=「酸っぱいしー」 だと、どうやら勘違いしていたことが分かりました。 「『スパイシー』は言ってしまえばちょっと辛めの味、そして英語から来ている言葉であって、『酸っぱい』とは何の関係もありません。」 と説明し、娘も納得したはずだったのですが、 数日後の今日も、キウィフルーツを食べながら 「美味しいけれどちょっとスパイシー」とのたまっていました。 いつ「スパイシー」と「酸っぱい」の違いを分かってくれるのか。 その日を心から楽しみにしています。 色んな意味で先が楽しみな子です!!  

娘の才能

私の友達で 「お母さんが不器用だけれど自分は色々と創るの好き」 という方がいるのですが、そのお話を聞いて娘の未来は明るいなと感じています。 どうぞこのまま進みますように。